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名古屋高等裁判所金沢支部 平成元年(く)2号 決定

少年 S・O(昭48.2.25生)

主文

原決定を取り消す。

本件を福井家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、少年名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、少年の右側頭部は、手術をしなければ軽い衝撃にも耐えられない状態であるところ、医療少年院ではその手術ができないのであって、少年を医療少年院へ送致した原決定の処分は著しく不当であるから、その取消しを求める、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件非行は、中古自転車1台の遺失物横領、原動機付自転車1台の窃盗及びシンナーの窃盗2件であるところ、少年はこれまで窃盗保護事件により3回家庭裁判所に係属し、昭和63年3月からは保護観察中であったにもかかわらず、同年7月以降は定職に就かず、保護観察所や親の指導、監督にも服さないまま不良交遊、外泊、夜遊びを続けて本件各非行に及んでいるのであって、年齢に比し少年の非行性の深化には看過し難いものがあるというべきである。なお、少年は、昭和63年1月17日、前件非行の際、窃取した原動機付自転車に共同非行少年らとともに3人乗りをしていて、警察官に制止されるや、これを振り切って逃走するうち自損事故を起こし、頭蓋骨骨折等の重傷を負ったのであるが、その治療の際の開頭術後骨片形成不全により、右側頭部に衝撃を受けるときは生命に危険があるという状態にあり、当該部位の再手術を要するものであるところ、少年は、昭和63年9月に就職先での労働災害事故によって右手不全切断の傷害を受けて入院した際に、頭部の再手術の必要性を指摘されながら、これに従うことなく同年11月に自ら退院し、保護観察所や親の指導、監督にも従わず、友人を頼って上越市へ出奔し、不親則な生活を続ける等していたものであり、原審審判期日においても、頭部の手術を受けるつもりはないなど自棄的な態度を取っていたのであって、前示少年の非行性にそのような事情をも加えて参酌するときは、少年の矯正のためには、その頭部治療を万全に行わせるためにも、少年を施設に収容して健全な社会常識等を身に付けさせることが肝要であって、可及的速やかに頭蓋形成手術を行うよう処遇勧告意見を付したうえで少年を医療少年院へ送致した原決定の処分は当裁判所としても十分理解できるものである。所論は、医療少年院においては少年の頭部の手術を行うことができないことを指摘するのであり、当審における事実取調の結果によれば、少年の収容された京都医療少年院においては、少年に必要な手術を行うに必要な設備は備わっていないけれども、少年の心情が安定し、治療に対する積極的な心構えが醸成されれば、少年を外部の病院に入院させて所要の手術を受けさせることも可能なのであって、現在何よりも重要なことは、少年が自己の非行についての素直な反省心を養い、健全な社会常識、勤労意欲や遵法精神を涵養することにあるものというべきであって、所論はその前提を誤っているものというほかない。

しかしながら、当審における事実取調の結果をも参酌してなお検討するに、少年は、原決定後、それまでの自棄的な態度を改め、未だ十分とはいえないまでも自己の非行に対する反省心を芽生えさせ、頭部手術の必要性も真剣に自覚するに至っており、また、その両親においても早急な頭部手術を願い、そのための受け入れ先病院の医師と相談し、少年が入院した際には、その監護のため母親において休職してこれに付き添う意思を表明しているのであって、そのような事情の変化も踏まえて改めて少年の将来にわたっての健全な心身の育成を目指すためには、まず頭部の再手術を行うことが緊急の要請である少年に対し、直ちに施設に収容することなく、両親の監護のもとに従前開頭手術を行った医師の手による頭部の再手術の機会を与え、その矯正可能性を見極めることが現段階においてより適切であると考えられ、保護処分の時期、方法及び内容についてしかるべき配慮がなされるのが相当と判断される。結局、本件抗告は理由がある。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である福井家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 濱田武律 裁判官 井垣敏生 小西秀宣)

〔参考1〕抗告申立書

抗告申立書

少年 S・O

右の者に対する窃盗、遺失物横領保護事件について平成元年3月9日医療少年院送致の旨決定の言渡を受けましたが左記の理由に依って不服につき抗告を申立てます。

平成元年3月9日

抗告申立人 S・O

名古屋高等裁判所金沢支部 御中

抗告の趣旨

私は、手術を必要とする右側頭部と、通院を必要とする右手を持っております。審判の時に、医療少年院に送致されることが決りました。

少年院内では、手術をすることができないという事で、病院で手術をしたう、入院が必要なのです。

私の頭は、軽いしょうげきでも、たえることが出来ません。

手術は、今すぐにでもというほど、悪い状態なのです。

このことを理由に、不服なので抗告を申し立てます。

〔参考2〕原審(福井家 昭63(少)913号、1109号、平成元(少)53号 平成元3.9決定)〈省略〉

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